蜜月まで何マイル? 春一番A
 




          




  ――― 世界一苛酷な航路だと、荒くれどもから恐れられ、
       魔の海などとも謳われし“グランドライン”に入ってから、
       かれこれ もうどのくらいになるものだろうか…。



 突入する段階で半分が篩
ふるいにかけられるほどの難関ゲートに続くは、方位磁石が全く利かないほどの地場嵐が計器を狂わせる、とんでもない航路のお目見えで。島同士が引き合うことで生じる特殊なログを頼りに進むしかないという、普通では考えられないような海である上に、日によって千変万化する海流と風、海域毎に苛酷でアトランダムな気候を容赦なく展開してくれる海と来て。地理的・人的、双方の素因から、さしたる間を置かず突拍子もないことが起こり続ける、そんな凄惨な毎日に襲われ洗われしてゆくうちに。どれほど意気盛んな海賊でも、明日への希望も何も日に日にめりめりと剥ぎ取られてしまい、魔海に呑まれて沈むか、他の海賊の餌食になるか、それとも海軍に追われて召し捕られるか。それらを運よく逃れたとしても、ほんの半年もかからずに…秘宝や野望への精も根ももはや尽き果てしまうのが、多少は太っ腹で図太くとも、普通の生身の人間の限界であるらしく。夢なんて所詮は見果てぬもので、現実のものにはならないのさと。グリム童話の“あの葡萄は酸っぱい”と言い張るキツネのようにいきなり足が地についたような言いようをし、適当な島や海域に居着いて、そこを縄張りとする“地付きの海賊”なんていう妙なものへ落ちぶれる。そんな辺りがせいぜいだろうと言われ続けて 早や数十年。人間としての限界から、それ以上の存在なんて居よう筈がないということか、

  ――― ゴールド=ロジャー以上の海賊なんて、もはや現れはしないのか?

 となると これも真っ当な結果なのか、ちんけな海賊ばかりの世になり果てて幾歳月…という、何とも気鬱な停滞を打ち破り。犯罪結社も王下七武海も、どこぞの国王の自慢の軍隊も。別な王国を何年も揺るがしていた内乱も陰謀も、上空へ数千キロとも言われる天空に浮かぶ不思議島の覇者も。色んな正義が入り乱れているらしき海軍も、そのまた上を行く輻輳ぶりが伺える世界政府も知ったことかと。進路を邪魔するものは悉く薙ぎ払い、きりきり舞いをさせながらの驀進を続ける、とんでもない一団がありまして。顔触れは両手で十分収まるほどの少数な上、十代二十代という若造ばかりの編成の、何とも幼い連中なその上、お気楽そうな小僧が船長だというから、初見の者らはまず必ず舐めてかかる。それから彼らの首にかかった賞金の額を知り、ギョッとしつつも…その次には、やはり必ずこう思う。

  『…これって何かの間違いじゃないのか?』

 こんな連中の、しかもこんな小童っぱに1億ベリーだって? そりゃあ、悪魔の実の能力者ならば見かけに騙されちゃあいけない、どんな信じられない能力を発揮するかは判ったもんじゃあないっていうけれど。いかにもお気楽そうで、隙だらけの間抜けなガキじゃないか。きっと捕まえ損ねた奴が、自分の失策にはしたくないからって、相手がどんなに手ごわいかと誇張したのがこうなっちまったんだ。若しくは、彼奴は何か、政府や海軍幹部の秘密を握っていて、それでただ単に問答無用で口封じをしてくれれば助かるというだけなのかもな…とか。

  “…ま、そんくらいに甘い夢見がちな野郎でなくちゃあ、
   こんな魔海くんだりで 海賊や賞金稼ぎなんざやってねぇってな。”

 そうですね。堅実な人なら…賞金首ってだけで十分にトラブルの匂いぷんぷんなあんたたちへなぞ、関わり合いさえ持ちたがらないのが正解でしょうからねぇ。
(苦笑) なればこそ、ああも芸のないストレートなやりようで“待てコラ”と追っているような連中は、大した策も腕もなかろうから、さしたる心配は要らないのではあるけれど。
“ただなぁ、ウチの船長は下っだらねぇ奴が相手ん時ほど、呆気なく足元掬われる困った奴なんでな。”
 それも思えば不思議な話ですよね。打撃系の攻撃しか出来ない身で、体を砂にしたり砂を操るクロコダイルとか、文字通り掴みどころのなかった“雷様”だったエネルとか、相性が最も悪いだろう相手でも、完膚無きまでという徹底ぶりにて叩き伏せてしまえた豪傑なのに。しょむない悪ジャレがキツいだけだった、本人の能力や馬力は恐らく海賊史上最弱かも知れないような、あの割れ頭のフォクシー船長なんぞに良いように振り回されてたし。もっと手近な話、ウソップのホラにだってあっさりと騙されまくってる、油断だらけ隙だらけの船長さんには違いなく。
「ひゃあぁぁ〜〜〜っっ!」
 数十人単位という大所帯の追っ手を引き連れて、随分な規模だった市場を駆け抜け、港からは遠くて寂れた場末の方へ。ただただ駆けてくだけで無策らしい先導、我らが船長さんへ。あまり離れていると、どんなカッコでまたまたはぐれるか判ったもんじゃあないと気づいたか。最後尾にいた緑頭の剣豪が、加速をつけて一気のごぼう抜きで…ついでにその過程の中で、行く手を阻む何人かを右へ左へ弾き飛ばしておいてから、
「おいこら、ルフィ。」
 並んだところで声をかければ。お気楽そうなお顔がこっちを見、
「お、ゾロだ。お前、どこ紛れ込んでた。」
「…それはこっちの台詞だよ。」
 確かにこの剣士さん、ゴールが見えてる“一本道”で迷子になったことがあるほどの
(う〜ん) 恐るべき“迷子の帝王”ではあるが、少なくとも“どこかへ紛れ込んでいた”という覚えはない。まあ、それは今更言っても始まらないから置くとして、
「こいつらは何なんだ? いくらお前が賞金首だっつても、こんなにぎやかな市場でやすやす鉢合わせ出来るもんじゃなかろうがよ。」
 賞金が懸けられている身であること自体へは、同じ立場のゾロだとて“後ろ暗い”なんて欠片ほどにも思っちゃいないので。例えばそこいらを歩くのに、顔が差してはヤバいとばかり、こそこそしたりはしないのだけれど。それにしたって…いかにも怪しい奴がざらに行き交うこんな土地で、一番らしくない姿の彼が、こうもあっさり簡単に“入れ食いレベル”で賞金稼ぎたちを釣り上げててどうするか。一体何があってのこの始末かというところまで、ズボラしないで噛み砕いて訊いたゾロへ、
「知らねぇよぉ。」
 そりゃあ元気よく ひょろ長い手足を振り回しながらの全力疾走を保ったままで、お口を尖らせた船長さんは、
「ただサ、凄んげぇ美味そうだった屋台の焼き鳥の串を同時に掴んじまってよ。」
「?」
「俺が先だったって言っても引かねぇおっさんで、取り合いになってたら、向こうの仲間が俺んこと知ってて、こいつ賞金首だー…ってことになってよ。」
 最初はほんの何人かだったんだけど、気がついたらここまで増えてた、面白れぇよな♪と、本人はこの現状を心から楽しそうに感じているらしいが、
「アホかっ。とっとと鳧つけねぇから膨れ上がっちまったんだろがっ!」
 賞金稼ぎにしてみれば、標的はそのまま飯のタネだから。暇がありゃあ手配書を眺めている彼らは、お尋ね者に関してのみなら 一般人よりも勘がいい。それに、誰かが追ってるターゲットを横から掠め取るのなんざ、今時珍しい話じゃあない。仁義云々、呑気に言ってちゃ、あっと言う間に干上がるからで。雑魚を畳んでの文字通り“日銭稼ぎ”をしているランクの連中は、こんな騒ぎへのアンテナの方こそが鋭くて、美味そうだなと思えば なりふり構わず便乗してくる。
「こうまでの塊りの大騒ぎになっては、そのうち海軍の分署とか駐在基地とかへも連絡が行っちまう。早いとこ畳んでトンずらすんぞっ。」
「おうっ!」
 走ることに夢中で何にも考えてなかったらしい船長さん。きっと何処ぞの袋小路にでも追い詰められてから、しゃあねぇなと向き直り、一暴れするつもりでいたのだろうが、
“…ったく。何で先乗りしたんだか、これじゃあ意味がないってんだよ。”
 この程度の雑魚を相手に、なのに表情がすぐれないところを見ると、こっちの気も知らねぇでと、いつもと同じ呑気な調子の船長さんへこそ、ちょいと複雑な剣豪さんでもあるらしい。そういや さっきのシェフ殿との言い合いの中、何かしら気になるフレーズが、あったような無かったような。

  『先を見越してか出し抜いてか、
   仕事を負わされる前にっていち早く
   二人して飛び出してったまでは良かったが…。』

 止める間もあらばこそというスタートダッシュにて、ただ単に一番乗りしようってノリで“いやっほーいっ”と…船長さんが飛び出してくのは、もはやデフォルト、このメンツにおいての定番というか、お決まりの初期設定みたいなもので。だが、それへと付き合うように、同じ初速で剣豪までが飛び出してくのは…実を言うと珍しいこと。自分の方向感覚のデタラメさにさすがに気づいたか
(笑)、よほどの長旅の後でもない限り、下船しないで船での昼寝を選ぶのがザラで、そこを叩き起こされてかったるそうにお買い物につき合う…というのがパターンな御仁だったのに。今回はまた妙なこともあったもんだよねぇと、怪訝に感じたのは…チョッパーだけだったらしいところが、いつの間にやら大人揃いのGM号になったってことでしょうかねぇ。(おいこら) …そ〜れはともかく。
「待ちやがれ…っ。」
「な…っ。」
 何処まで続く鬼ごっこなのやら。こら待て、今晩のメシのタネとばかり、大の大人たちが群れをなして追っかけていた標的さんが。いつの間にやら連れを増やし、駆け込んだ先、人影のない、寂れた広場にて急停止するのへギクリとして立ち止まる。市場が港寄りに発達したのへ合わせて、引き潮に浚われるような案配で住人たちも移動したのだろうか。周辺の煤けたアパートらしき建物にも、あんまり人の気配は感じられない場所であり、
「ここなら一暴れするにはお誂え向きだな。」
 言いながらにんまりと笑った相棒の、何とも不敵な笑いようが…あまりに堂に入っており、
「な、なんだ、あいつ。」
「いつの間に増えてんだよ。」
「待てよ待てよ、あれは確か…。」
「そうそう確か。」
「麦ワラのルフィの懐刀、三刀流のロロノア=ゾロだぜ?」
「えと、確か賞金は…6千万ベリーじゃなかったか?」
 しめて1億6千万。
「おおっっ!」
 こらこら。
(笑) しかも、いかにもな子供の船長に比べると、こちらさんはなかなか恐持ての剣士さんだが、
「あっちの船長が1億で、こっちが6千万ってことは、だ。」
「大方、見かけ倒しで大したことはないんだぜ。」
 ………さすがは、松竹梅とランクに分ければ“梅クラス”で甘んじてる連中で。そうか、そういう順番になるか、判断が。その日暮らし組なら堅実かと思いきや、見通しの甘い夢見がちなところは変わらないらしく、自分らに都合のいいように解釈しているところが何ともはや。
「頭数で割っても相当な額だっ。」
「ああ、一斉にかかれっっ!」
 圧倒的にこっちの方が多いのだから、誰かのどれか、一矢報いて蹲
うずくまらせることが出来ればいい。後は勢いで畳み込め…と、とっても分かりやすい無手勝流。
“でもまあ、団結力は褒めてやってもいいのかもな。”
 わっと、一斉に襲いくる壁の厚さは、それでもなかなかのボリュームがあって、

  「ゴムゴムの…。」
  「鷹…。」

 こちらさんがたが、自慢のパンチを繰り出すための、若しくは二刀による竜巻状の剣撃を生み出すための、それぞれの“溜め”にと勢いを練っていた声が、それはあっさり掻き消されてしまったほど。だったので、

  「ピストルっ!」「波っっ!」

 片や、丸腰空手の麦ワラの船長さんからは。ちんまくて ひょろっとした肢体の一体どこに、こうまでの膂力を蓄えていられるのか、眸にも停まらぬ 正しく“弾丸”のような拳が、前方の照準内にいた面々を全て弾き飛ばしており。一方の剣士さんはといえば…重い和刀をがっつり握ったままのその握力も素晴らしく、とんでもない素早さで ぶんっと体ごとを旋回させての大きな太刀筋が、彼の周囲の空気を切り裂き、あり得ないほどの強さの疾風を呼んでの鋭い切っ先が触れた者共を吹っ飛ばす。三刀流の“龍巻き”よりは威力も落ちる、斬るというより跳ね飛ばす威力の方が大きい荒技で。双方ともに餌食になった者らを高々と跳ね飛ばすところが売りの攻撃を繰り出したところが、いかに呼吸が合っているかの現れでもあって。
「なっ、なんて大技だ。」
「人が空飛ぶか? フツー。」
 信じられない現象へ“ひょえぇ〜〜〜っ”と尻込みするのが一般人なら、
「てぇ〜い、こいつらは悪魔の実の能力者だっ!」
「そ、そうだっ。こんくらいは想定内なんだよっ!」
 ………ホンマか?
(笑) ルフィからして“それは今思いついた空元気だろう”と、頬をほりほりと指先で掻きながら思ったフレーズに、だが、
「誰が悪魔の実の能力者だ〜〜〜?」
 おおう、剣豪さんの方が食いついたみたいです。隣りに立ってる船長さんを皮切りに…かどうかは知りませんが、そういう身のややこしい強敵に苦戦して来た覚えも大有りだし、こういう言い方はそういう立場の方への差別になるやもしれないが、自分はそういう“特典”を持ってはいない身だったから。それで無性に腹が立ったらしくって。鋭い眼光ますます冴えての、鬼かと思うような凶悪なお顔になったそのまま、和刀の柄を握り混んだ拳がどちらも、ぐぐうっと盛り上がって巌のようになったから、
「…ゾロ、まるで本気で怒ってるみたいな顔になってるぞ?」
「本気で怒ってんだよ、俺はよっ!」
 がうっと上がった雄叫びに、対峙していた生き残り組が“あわわ…”と怯んだ。今 火に油を注ぐノリにて、お怒りを更に煽ったのは間違いなくお仲間なのに。なんでそんな恐ろしい形相を、こちらにお向けになるのかしら? 内輪もめなら、こっちは待ってるから先に片付けてくださいなと、本心からそう思った面々がいただろう、それほどまでの濃密な殺気を帯びたまま。
「………。」
 その鋼の全身に力が漲
みなぎってゆくのが判る。首、肩、二の腕、胸板。こっちからは見えないが、かいがら骨に沿った辺りや、背中。腹に腰に、がっつりと石畳を踏みしめた脚と足。今やシャツ越しにだって、その隆とした筋骨の頑健さ・強靭さがありあり判る。ああそうか、やはりこの人もとんでもなく凄腕だったんだと、見ただけで再認識させていただけたというのにね。選りにも選って、正確な把握が出来てから、しかも…最高潮で怒っておいでのテンションにて、相対さねばならなくなった、何とも哀れな賞金稼ぎさんたちで。
「ひ、ひえぇぇぇええええ〜〜〜っっ!」
「勘弁してくださいっっ!」
「に、逃げ、逃げろっ!」
 まだ一太刀しか浴びてないのにね。殺気に呑まれて腰が抜けたか、後ずさりさえかなわず、その場に座り込む者まで出る中を。じりじりと進み出る悪鬼のような存在を見送り、
“睨むだけで追い払えるなんて便利だな〜〜〜。”
 これこれ、船長。
(苦笑) 心ゆくまでの喧嘩をするの、実を言えば自分も楽しみにしている節のあるルフィではあったが、何だかこれはもう、形勢もくっきりと決まったようだから。逃げ腰の相手を殴ってもつまらんと手出しをしないで見ていれば………。

  「鷹波っっ!」

 再び放たれしは、豪の剣撃からほとばしる一迅の旋風。大の大人でも軽々と、一気に舞い上げ、前方へと向けたなら離れた相手でも弾き飛ばせるほどもの、勢いのある突風が生じる凄まじさに遭っては、
「ぎゃあぁぁっっ!!」
「どわぁぁあぁあっっ!」
 最後の力を振り絞って逃げた者以外は、意識を失いピクリとも動かない。何とも凄惨な様相になり果ててしまい、
“…ま、息はあるんだ。感謝しな。”
 見境なく命を摘むほどに。徹底的に、完膚なきまでと、そこまで突き抜けてしまうほどに逆上した訳じゃねぇと、誰へでもなく言葉にしてから、さて…。腰へと収めた大太刀二本。鯉口にぱちりと封の音をさせ、やっとのことで気持ちが静まった剣豪さん。辺りを見回し…あれれと目許を眇めてしまう。


  「ルフィ…?」





            ◇



 こりゃあもう、自分の出番はないなぁと。自分へと降りかかって来た火の粉なのにとか、そっちの不満もないままに、何でだか いきなり天辺に来たらしいゾロが相手へ踏み出したその背中を見送ってると、
『…る〜ふぃ〜。』
 音になるギリギリという掠れさせ方にて、自分へと掛けられた声があり。何だぁ?と顔を向ければ、広場のすみっこ、二つのアパートの間の路地のおく辺り。通り抜けになってる向こうからの明るさを背に受けて、逆光になってる人影があって。ゾロの方も気にはなったが、何ぶん、こっちはもう終わりそうだし。なんだ?と声を返しかけたら、その誰かさんは自分の口元へ人差し指を立てて見せる。内緒? それとも静かに? キョトンとしもって、でも無造作に。そのまま近づいていったのは、相手が誰だか判っていたから。
「サンジ。どしたんだ、一人で。」
 さっきの市場で、ウソップやチョッパーと買い物してたのに。それが何でと不思議に思ったらしいお言葉へ、
「ご挨拶だな。無事に逃げ果せてるのかなって見に来ちゃいかんのか。」
 まだ火はついてない紙巻きを唇の端で上下させつつ、そんな風に言い返せば、あややゴメンと恐縮しつつも…口許だけは にししvvと笑う。この細い隙間よりは明るい広場の方を肩越しに見やり、
「ゾロがあらかた片付けてくれたし。」
「みたいだな。」
 放っておいても…この船長さんにだって一掃出来た程度のレベルだったのになと、そこまで把握していたシェフ殿。むしろ、あんなチンピラに足元掬われてちゃあ、先が思いやられるというもので。
“まあ…そういうレベルの見越しを、いちいちやっとるこいつだとも思えんのだが。”
 好奇心のかたまりで、何にでも首を突っ込むトラブルメーカー。酷い目に遭ってから“やあ驚いた”なんて言ってるような手合いだからね、そこのところはこっちだってとうに呑み込んでる。その上で、
“…ったくよ。元凶を隠しちまえば手っ取り早いって、何で気がつかねぇのかね、あの野郎は。”
 あの手のお馬鹿な賞金稼ぎの大半は、これもまた妙な言いようながら、ルフィの見かけに油断する。ゾロだけが一人歩きしているところなら、小者はなかなか食いつかない。その悠然とした態度から、小者なりの嗅覚で自分の腕では勝てっこないと判るだろうし、そのくらいの分別だってあろう。だが、ルフィのこの様子・風体を見た者は、そういう嗅覚も大きに狂わされてしまうらしく。こんな子供が1億ベリー? それって何かの間違いでは? という図式が見る見る内に立ち上がり、それであっさりと食いつくらしいのは明白であり。だったらどうすればいいのか、素早く事態収拾出来るのかを、もうそろそろ把握しろよなと、はぁあと溜息ついたシェフ殿で。

  「で?
   いつもなら買い物に付き合うのに、
   今回は何でまた、久々に大脱走決め込んだんだ?」

 ゾロまでが飛び出した辺り、きっと島へつく前に二人の間で打ち合わせがあったに違いなく。サンジとしても、もう鳧のついてる騒動には関心はなくて、そっちの方へと話の舵を取れば、
「ん〜と、ゾロがな? この島は大きな市場があるってロビンが言ってて、上陸したら見るとこも多かろうからって。だから、仕事を押っ付けられる前に…。」
「成程。」
 そりゃまた、何ともまあと。一応の平静は保ったが、内心では吹き出したくってたまらないシェフ殿。だって、

  “…それって、もしかしなくとも“デートのお誘い”なのでは?”

 そですよねぇ。
(笑) 狭い船上ではなかなか二人っきりにはなれないからと、誰からの監視もちょっかいもないままに、お互いだけを意識していればいいだけの時間を堪能したかった剣豪だったらしいのに、
“だってのに、速攻で迷子になってりゃあ世話はないよなぁ。”
 首に縄は大仰だが、せめて手ぐらいつなぐとか? 相手がこれであいつが方向音痴では、それも已なしと思や良かったのにね。少しだけくつくつと笑ってしまったサンジに、かくりと首を傾げた船長さんへ、
「サンジ?」
「ああ、いや…。」
 何でもないと誤魔化しながら、ふと眸が留まったのが…相手の口許。口角に光
てかりが立っているのがちらりと見えたのへ、指先を伸ばしてついっと拭えば、
「…うに。」
 逃げもせず抵抗もなかったルフィが、それでも妙な声を立てたのへ苦笑しつつも。こっちに移ったそれを間近に見やる。場所からして何か食べての跡らしく、
「あ、さっきの焼き鳥かな。」
「焼き鳥?」
 こういうにぎわいだから仕方がないが、それでも“またジャンクなものを食べおって”とついつい思うのは、船長さんの“お抱えシェフ”としてのプライドがつつかれるから。どれとそのまま舐めてみて、
「…ああ。こりゃあタレに砂糖じゃねぇ甘味料を使ってやがるな。」
 すぐさま言い当ててるところが、さすがの舌自慢。
「砂糖じゃねぇ?」
「ああ。ま、そんなに性
タチの悪いもんじゃなさそうだが。」
 その場しのぎの甘みだ、口ん中がねばついてないか? そうと訊きつつベストの懐ろに手を入れて、内ポケットからキャンディを取り出すと、セロファンをほどいて金色の飴玉、ポイとお口へ放り込んでやる構いようが。なかなか親しげでほのぼのとしていたもんだからか、

  「…何をしとるかな?」
  「あ、ゾロ。」

 元はと言えばルフィが引き起こした騒動だろうに、片付いたのさえ見届けず。しかもしかも“誰と”何をやっとるかなと、それが一番にむっかり来ているらしき、血に飢えた魔獣さん。実は…この路地へと近づきつつある気配の段階から気づいていたのに、それでも逃げ出すなんて思いもしないで、逆にルフィのお顔に触ってまでいたコックさんだったのは、
“詰めが甘いのへまで遠慮してやる義理はねえからな。”
 構い甲斐のある相手だと思っているのは剣豪だけではないからね。だからこその抜け駆けを構えたのなら、きっちり完遂せんかいと、そうと思っての挑発だったが…。ゾロが自慢の、岩をも砕く堅そうな額に、お怒りの血管を浮かせているのが見えたので、

  “こりゃあ結構 キテやがるかな?”

 からかうだけでは済みそに無さそで。退屈な時ならともかくも、今は補給用のお買い物の途中だし、相手は半端に一暴れした後なので手かげんってものを忘れているやも。そんな相手と しゃれにならない真剣
マジ勝負を構えるほどの、そんな間合いじゃないなと見切るのも早くって。
「判った判った。退散するさ。」
 苦笑混じりに両手を胸の前にて上げて見せ、ほらほら触ってもないからと示してから。今日のところは負けて勝てだと、踵を返したシェフ殿を。その姿が見えなくなるまで、警戒心たっぷりに見送ってから。
「…ゾロ?」
 一気に気が抜け、がっくりと大きな肩が落ちたのへ、どした?と声を掛けて来た無邪気なお人。大きな瞳が黒々と潤み、それがただただ真っ直ぐに、自分を見上げて瞬いている。ついさっきまでのサンジと彼のように、こんな風に見つめていてくれれば、そう簡単には離れ離れになんてならないのにね。思えばあっさりはぐれたのは、すぐ間近にいたものが他所の何かに気を取られたからで、

  “理不尽なもんだよな。”

 離れていたのがひょいっと出会ったのなら、そっちから寄っても来るのにね。一緒にいると、後は離れるしかないということか。これが修羅場の真っ只中なら、雑魚の相手は自分に任せて、お前はそのまま先に行けと、むしろ突き放す剣豪だろうに。何でもない時の同じことが、どうしてこんなに…胸に閊えるのか。

  「………。」

 何とも納得しがたいことを、こんな形で体感したのが、これまた何とも居心地が悪いらしい剣豪さんであるらしくって。
「???」
 不意に むむうと考え込んでしまったお兄さん。上背のあるゾロのそんなお顔を、付き合いよく見上げていたルフィだったが、何も言ってくれなきゃ一緒に考えることも出来やしない。
「…ぞ〜ろ。」
 すぐにも詰まらなくなったのか、手を伸ばすと相手の二の腕、ぐいぐいと揺すぶってこっちを向かせ。あ?とこっちを見た、正にそのタイミングへと飛びついて、

  「〜〜〜〜〜っ。////////

 背伸びをすれば ちゃんと届くし、角度もすっかり覚えたからね。首っ玉にしがみつき、ぎゅううっと抱きつきながらの ちうをする。途端に間近になったのは、男臭さ。向かい合ってる時は、取っつきにくい威容でしかないものの筈が、間合いを詰めると…その懐ろを開いてくれて、掻い込んでくれて。そうなると、鎧ってた男臭さが突然裏返り、頼もしさへと様変わりするその一瞬が実は大好きでvv
「ん…。」
 ルフィの一人や二人、ぶら下がってもびくともしない強靭な首や肩は、堅くて頼もしく。なのに、喰いついた唇はやわらかなのがいつも意外。何刻か遅れてから…恐らくは目を剥くほど驚いていたのを収めてから、長い腕がようよう抱きしめてくれて。背中を支え、腰を引き寄せ。ああ、こうしたかったよ、俺だってさって。もっとくっつきたいって言う代わり、ぎゅうぎゅうって身を寄せる。思う存分、堪能してから、唇は離しても…肩へとしがみついたまま、
「はぐれたのは俺も…つか、俺が悪かったんだろうけど。」
 ぽつりと呟けば、大きな手のひらが背中を撫でて促すから、

   「だからって、こうまで一緒にいるのに放っておくなよな。」

 言いたいことを言っただけ。なのに、
「………。」
 ゾロの手が停まって、おもむろに顔を覗き込んで来る。何だよ、そんなつもりはなかったってか? それとも、何かの“出口”になったか。呆気に取られているかのような、そんな呆けたお顔をするのへ、むいむいとむずがって身を揺さぶり、どっかへ行こうと散歩の続きをねだってみる船長さんであったりし。


   ――― 二人でいると色々と、実りもあるし答えも見つかる。


 勿論のこと、冒険だって騒動だって、これまで以上に、半端じゃないほど、彼ら目がけて押し寄せようけど。それこそ願ったり叶ったりの波瀾万丈、手ぐすね引いて待ってましたというところ。迎え撃つ覚悟も、何なら迎えに行くぞという機動力も旺盛なままだけど。でもでも今だけは…お互いだけでいっぱいでいたいから。街のにぎわい目指して、じゃれ合うように二人、石畳の道をつかず離れず戻って行ったのでありました。………今度こそ、そう簡単に はぐれてしまわないようにね?
(苦笑)


  「で。なんでお前、こんなまで甘い口ん中してるのかな?」
  「あ、さっきサンジに はちみつアメもらった」
  「あんの野郎〜〜〜っ!」


 直後の彼らがどうなるかまで、さては見越していたシェフ殿だったのかなとか。だとすれば、物凄くややこしい嫌がらせがあったもんだとか。言いたいことは色々あるけど、今はそうねぇ、とりあえず。………お後がよろしいようで。
(笑)






  〜Fine〜  06.3.05.〜3.10.

  *カウンター 203,000hit リクエスト
    りんご様 『どんな障害があろうとも、ゾロとルフィが幸せならばvv


  *この人たちにとっての“障害”ってのは、
   大荒れ海とか賞金稼ぎや海軍の凄腕の猛者たちではなく、
   一番間近にいつもいる、身内の方々なんじゃなかろうかと思いまして。
(苦笑)
   いやいや、もっと凄まじい強敵は恐らく、
   無頓着が過ぎるルフィ本人なのかも…ですかね?(ぷくく…vv

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